ザ・タイガース物語(12) 岸部シロー
1969年3月
加橋かつみの脱退に伴い
後任のメンバーとして岸部おさみの弟である岸部シローが加入した。
加橋かつみと同じハイトーンボイスだが
ギターは弾けない。
最初は弾いてる真似をしていたが
最前列のお客からは弾いていないのがバレバレなので
ギターは取り上げられてタンバリンになった。
しかし
タンバリンの音が演奏の邪魔なのでガムテープで音が出ないように細工していた。
シローの名誉のために書いておく。
解散コンサート時点ではギターを弾いていた。
40年前の記憶であれだが
テレビで観た映像では弾いていたと思う。
でも
加入時は音楽的な意味では足手まといな存在だったと思う。
では何故あまたいるミュージシャンを差し置いて
岸部シローが加入したのか。
岸部おさみの弟だからだ。
前のエントリでも書いたが
ザ・タイガースはメンバーチェンジをしてはいけないバンドなんだ。
復習
ストーンズはミック以外のメンバーが交代してもストーンズだが
ビートルズは誰かが抜けてべつの誰かが入ったら
ファンの意識としてはビートルズではなくなる。
日本のトップのアイドルバンドであるザ・タイガースおいても然り
どのメンバーも代え難いのだよ。
唯一ファンを納得させられるのは血統。
リーダーの岸部おさみの弟で
ザ・タイガースの音楽アドバイザーを務めていた
言わば6人目のザ・タイガースだった岸部シローが満を持して登場ってギミック。
まんざらウソではない。
岸部シローは中学卒業後印刷会社に務めたが
その後ザ・タイガース(前身のファニーズから)のバンドボーイを務めながら
音楽的アドバイスをしていた。
アメリカで何が流行していて
何が格好いいか妙に詳しい音楽オタクだったのかもしれない。
ザ・タイガースデビュー後は
渡辺プロとザ・タイガースに支援を受けて渡米し
アメリカのミュージックシーンの情報収集や
音楽誌のライターなんかをやっていた。
その影響は楽曲や演奏にとどまらず
レコードジャケットや衣装なんかにも見られるのである。
つまり
日本で未発売レコードのジャケットをパクっていたりね。
長髪・ミリタリールック派のGSだったザ・タイガースが
ミリタリールックを脱ぎ捨てて
ヒッピーファッションでライブに出て
時代に先行しすぎて受け入れられずに客からひんしゅくを買ったり・・・。
こんなヒッピー文化の先取りなんかもシローの影響だろうね。
シローがアメリカから送ってくるレコードのおかげで
ザ・タイガースやその関係者は日本の誰よりも早く
アメリカの楽曲が聴けたのです。
でもね
音楽オタクは演奏者になるのはちょっと無理。
トッポの代わりにはならないね。
トッポ脱退後森本太郎がリードギターに回ったわけだけど
実質ギターは一人でサイドギターはなし。
シローはハイトーンのコーラス要員だね。
「花の首飾り」や「廃墟の鳩」をシローが歌っても嬉しくないしね。
正直シロー加入後のザ・タイガースには興味がなくなって
それから解散まであまり記憶がないのです。
誤解されないように
僕は岸部シローが嫌いなんじゃない。
シローは
ザ・タイガースというアイドルバンドに加入しながら
・メガネ
・関西弁
という当時のアイドルにはあり得ない自己のスタイルを貫いた。
そして軽妙なトークで曲間のMCでライブを盛り上げたんだ。
ザ・タイガースやGSの世界に新しい風を吹き込んだのは確かだね。
解散後は少しの間ブレッド・アンド・バターなんかと音楽活動していたけど
西遊記の沙悟浄で俳優としての非凡な才能を見せつけ
人気番組「ルックルックこんにちは」の司会者にまで抜擢された。
だが
御存知の通り借金で自己破産して「ルックルックこんにちは」を降板して
奥さんにも逃げられ
二番目の奥さんには先立たれ
何度も病気にかかり
絵に描いたような転落の詩集。
ザ・タイガースがやや復活した「2011〜2012沢田研二ツアー」の最終公演の日本武道館に登場して
「若葉の頃」を歌った姿がNHKのBSでも放送されたが
一人では歩けず
舌がもつれて喋るのも不自由で
悲しい姿を見てしまった気がした。
自己破産した時の借金は1億円と発表されたが
「ルックルックこんにちは」の司会まで務めるベテランのタレントが
1億円程度の借金では自己破産しないだろ。
1億円なら1〜2年で返済できちゃうんじゃないかな。
たぶん
借金はその数十倍あったのではないかな。
西遊記の沙悟浄が大好きだったので
こんなに早く表舞台から消えてしまって
残念でならない。
加橋かつみの脱退に伴い
後任のメンバーとして岸部おさみの弟である岸部シローが加入した。
加橋かつみと同じハイトーンボイスだが
ギターは弾けない。
最初は弾いてる真似をしていたが
最前列のお客からは弾いていないのがバレバレなので
ギターは取り上げられてタンバリンになった。
しかし
タンバリンの音が演奏の邪魔なのでガムテープで音が出ないように細工していた。
シローの名誉のために書いておく。
解散コンサート時点ではギターを弾いていた。
40年前の記憶であれだが
テレビで観た映像では弾いていたと思う。
でも
加入時は音楽的な意味では足手まといな存在だったと思う。
では何故あまたいるミュージシャンを差し置いて
岸部シローが加入したのか。
岸部おさみの弟だからだ。
前のエントリでも書いたが
ザ・タイガースはメンバーチェンジをしてはいけないバンドなんだ。
復習
ストーンズはミック以外のメンバーが交代してもストーンズだが
ビートルズは誰かが抜けてべつの誰かが入ったら
ファンの意識としてはビートルズではなくなる。
日本のトップのアイドルバンドであるザ・タイガースおいても然り
どのメンバーも代え難いのだよ。
唯一ファンを納得させられるのは血統。
リーダーの岸部おさみの弟で
ザ・タイガースの音楽アドバイザーを務めていた
言わば6人目のザ・タイガースだった岸部シローが満を持して登場ってギミック。
まんざらウソではない。
岸部シローは中学卒業後印刷会社に務めたが
その後ザ・タイガース(前身のファニーズから)のバンドボーイを務めながら
音楽的アドバイスをしていた。
アメリカで何が流行していて
何が格好いいか妙に詳しい音楽オタクだったのかもしれない。
ザ・タイガースデビュー後は
渡辺プロとザ・タイガースに支援を受けて渡米し
アメリカのミュージックシーンの情報収集や
音楽誌のライターなんかをやっていた。
その影響は楽曲や演奏にとどまらず
レコードジャケットや衣装なんかにも見られるのである。
つまり
日本で未発売レコードのジャケットをパクっていたりね。
長髪・ミリタリールック派のGSだったザ・タイガースが
ミリタリールックを脱ぎ捨てて
ヒッピーファッションでライブに出て
時代に先行しすぎて受け入れられずに客からひんしゅくを買ったり・・・。
こんなヒッピー文化の先取りなんかもシローの影響だろうね。
シローがアメリカから送ってくるレコードのおかげで
ザ・タイガースやその関係者は日本の誰よりも早く
アメリカの楽曲が聴けたのです。
でもね
音楽オタクは演奏者になるのはちょっと無理。
トッポの代わりにはならないね。
トッポ脱退後森本太郎がリードギターに回ったわけだけど
実質ギターは一人でサイドギターはなし。
シローはハイトーンのコーラス要員だね。
「花の首飾り」や「廃墟の鳩」をシローが歌っても嬉しくないしね。
正直シロー加入後のザ・タイガースには興味がなくなって
それから解散まであまり記憶がないのです。
誤解されないように
僕は岸部シローが嫌いなんじゃない。
シローは
ザ・タイガースというアイドルバンドに加入しながら
・メガネ
・関西弁
という当時のアイドルにはあり得ない自己のスタイルを貫いた。
そして軽妙なトークで曲間のMCでライブを盛り上げたんだ。
ザ・タイガースやGSの世界に新しい風を吹き込んだのは確かだね。
解散後は少しの間ブレッド・アンド・バターなんかと音楽活動していたけど
西遊記の沙悟浄で俳優としての非凡な才能を見せつけ
人気番組「ルックルックこんにちは」の司会者にまで抜擢された。
だが
御存知の通り借金で自己破産して「ルックルックこんにちは」を降板して
奥さんにも逃げられ
二番目の奥さんには先立たれ
何度も病気にかかり
絵に描いたような転落の詩集。
ザ・タイガースがやや復活した「2011〜2012沢田研二ツアー」の最終公演の日本武道館に登場して
「若葉の頃」を歌った姿がNHKのBSでも放送されたが
一人では歩けず
舌がもつれて喋るのも不自由で
悲しい姿を見てしまった気がした。
自己破産した時の借金は1億円と発表されたが
「ルックルックこんにちは」の司会まで務めるベテランのタレントが
1億円程度の借金では自己破産しないだろ。
1億円なら1〜2年で返済できちゃうんじゃないかな。
たぶん
借金はその数十倍あったのではないかな。
西遊記の沙悟浄が大好きだったので
こんなに早く表舞台から消えてしまって
残念でならない。
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